新入生の皆さんへ(学長あいさつ)

みなさん、ご入学おめでとうございます。

私は、京都西山短期大学学長の加藤善朗です。

ほんとうならば、期待と不安を胸に本学の門をくぐってきたみなさんに、「ようこそ!」と直接おはなしできるはずでしたが、事情がゆるさず、このような形でごあいさつを述べることをおゆるしください。

京都西山短期大学の建学の精神は、「ほとけの慈悲のこころを学ぶ」ということです。

それは、いいかえれば自分とつながっている大きないのちの存在を知ると言うことです。

ひとのよろこびを自分のよろこびとし、ひとの悲しみを自分の悲しみとしてうけとめ、みずからの身体と心を通じて社会に貢献する、次の時代をになう人財を育成するということを目的とし、この地で弘安3年、1280年にスタートしました。

入学式、卒業式、本学ではことあるごとに歌う歌があります。念仏讃という歌です。法然上人の弟子の西山上人というかたが作った和歌に、古関裕而(こせきゆうじ)という作曲家が曲をつけました。

生きて身(み)をはちすの上に宿(やど)さずば 念仏(ねんぶつ)申す甲斐(かい)やなからん

「はちす」というのは蓮華の花のことです。念仏をどうとらえるかによって和歌の解釈はことなるでしょうが、わたしは、「ありがとう」ってことだと思います。

私を、生かしてくれている、大きな「いのち」に対して、「ありがとう」と感じることがなかったら、生きている甲斐がないじゃないですか。せっかく授かったいのちです。感謝して生きよう、花の中で生きようっていっています。

これは現在医療の現場にいるお医者さんから聞いたのですが、痛みに苦しんでいる中でも、「ありがとう」って感謝している瞬間は、痛みが和らぐそうです。

京都西山短期大学に学ぶ学生ひとりひとりは、感謝とともに、助け合うこと、支援し合うことの大切さに目覚めるはずです。

感謝して生きる、ということは、哲学的に言うと、相手の価値観を受け入れて生きる、他人と違うことを排除の理由にしない。自分と違う他人を受け入れて受容する、ということだと思います。

現在、人類が直面いる危機も、自分第一主義や排他的精神では克服できません。困難を乗り越える条件は、ひとつの目的のもと、すべてのひとの力が結ばれたときです。

法然上人がひとびとの救いを説きはじめたこの聖地で、あなたと、ともに気づき、ともに学びあう仲間となる日が、一日も早く来ることを祈ります。



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